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オモイデとコビト

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あらすじ

何もすることはない、特にすることはない、やらなければならないことは何時でも沢山あるけど、どれもこれもやりたくはない。
したいこともあるけど、する気もない。
無気力か?
いや、そんなわけでもない。
やってもいいし、やらなくてもいい。
誰かが文句を言うだけで、別に耳を貸す必要はない。
今はただ、無条件に幸福感が味わいたいのと考える時間が欲しいだけだ。
無条件降伏。
そのうちに死ぬんだろうが、今は死にたくない。
何をすればいいのかわからない。
わかっているのは、だたぼんやりしたいだけ。
世界は完璧で何処にも俺のいる場所はないように思える。
気取ってるのか?
何なのか考えようとしても俺の中の雑音が多すぎる。
こいつらを黙らせなくちゃいけない
でないと天使の囁きも聞こえない。
ほんの僅かな囁きはアルカロイドの福音だ。
今は、耳を澄ませても聞こえるのは五月蝿い騒めきだけだ。
こいつらを黙らせなくてはならない。
黙らせなきゃならない。
黙らせなきゃならない。
世界に対処するための騒めきが、こんなに五月蝿くなるなんて。
五月蝿いと訴えかけるにも相手はいない。
全部自分のことだからだ。
現実は厳しくなく、最下層の暮らしをしているわけでも不幸なわけでもない。
見たことの無い自由を約束されている。
街では自己肯定と勘違いの歌が流れてる。
不満なんかあるわけもないじゃないか。
大切な人も誰もいないで、俺一人いるだけだ。
絶望の縁に腰掛けているわけでもないが、縁が何処にあるかはわかっているつもりだ。
すぐ足下に縁がある。
銀色の針金はどこまでも伸びている。
生きていることが、楽じゃない。
楽じゃないんだ。
苦しくはないけど、楽じゃないんだ。

登場人物

俺あるいは僕:多少の問題はあったが、とても楽な生き方をして何不自由しないで育った。苦しいこともあったがもっと他の辛いことに比べれば大したことはない。才能に賭けられるような希望をもっても、それは人生の決定的な力にはならない。努力と言えることもしないので本当は何もない。頭のいいやつは頭で、美しい人は美しさで、力のあるやつは力で、誰もがきっと他の何かで生きているんだろう。
何もない俺は妄想で対抗するのか?なんて何かで読んだ。
これ以上、笑わせるな。

1.オレンジ色の球体

二日前に食ったばかりだ。
Cubensis。
俺は1.5gぐらい残っている乾いたCubensisを見た。
何もすることはない。
することは沢山あるが、別にやりたくない。
卵焼きとご飯を腹いっぱい食うと、お茶漬けでCubensisで流し込んだ。
生きているのが楽じゃない、ただ条件付きの生活から楽になりたいだけだ。
色々理屈をつけても、ただまたあの光を見たいだけだ。
快楽が続くのなら別に何だっていいじゃないか。
例によって新居昭乃のCDをCDプレーヤーの中に放り込むと、リピート。
永遠に曲が続くようにする。
まだ外は明るかったがカーテンを閉めて、電気をつける。
部屋の中が白色電球に照らされて古い硝子の笠を通してオレンジ色に輝く。
障子を締め切って、電気ストーブで部屋と足元を暖める。
空のペットボトルを探してきて灰皿にする。
普段は部屋の中で煙草を吸うのは止めているが、Cubensisの時だけは解禁だ。
最後に残しておいたHOPEの封を切って、新しい短い幸運の欠片を拾いだす。
火を付けて吸い込むと、身体の中にニコチンが染み渡るのがわかる。
指が震え、身体が楽になる。
吐き出す煙は無風の部屋の中で緩やかに広がる。
慌ただしく煙草を吸うことは別に無いのだ。
誰に迷惑かけるわけでもなく、かけても別に俺の知ったことではない。
ここまできて文句を言われる筋合いもないだろう。
どうだっていいさ。
細い紫煙は美しく見えた。
どう抵抗しても部屋中に広がる優しい声は麻薬のように広がって、無償の慰めになる。
俺の中に詰まった記憶とか考えとか様々なものが腐臭を放っているのがわかる。
味方はいない、更に敵はいない。
どっちもいるとしたら俺の中にいるんだろう。
いきがるなよ。
沢山の声が聞こえる。
お前らを黙らせてやる。
全部、全部無くなってしまえ、思い出も記憶もなにもかも。
単純な世界にするんだ。
この腹の中につまった腐ったものを洗い流してくれ。
オレンジ色の暖かい優しさに包まれた世界で、静寂を手に入れるんだ。
あの光を見る。
電灯は普段と変わらず光っている。
あの何もかも忘れさせてくれる白い光をもう一度見たい。
物理的にこんな光だったことはわかる。
でも、もっと光り輝いいて腐臭と騒めきを消してくれる光を見たい。
俺はたまに煙草を吸い、何もしないでオレンジ色の世界を見ていた。
目を瞑っても何も見えない。
身体の温度が変わっていくのがわかる。
大した効果はない。
やはりとった量が少ないのか。
夜明けの永遠の静寂を手に入れることはできないのだろうか。
暫く深い水の中の土から生まれる泡のような思考を捕まえていたが、やがて浅い眠りについた。
俺には何もない。
大切なものも、人に誇れるものも、生きてく糧になるものも、何もない。
誰も幸せには出来ないし、俺も幸せになることはない。
紛い物ばかり手に入れているうちにもう何が欲しかったのか忘れてしまった。
自虐癖があって、それを良しとし、わかった振りをして難しそうな話で人を煙に巻いて、暗中模索の人生に光明はない。
どうしようもない駄目人間野郎。
何も生まない糞人間野郎。
それが俺だ。
嘘をつくのだけが上手くなった。
今は暗闇の中に星も見えやしない。

2.シネマハウス

何処かに俺の場所があるんじゃないのか。
無いな。
その甘えを肯定してわかったつもりか。
わかったつもりかと言ってまた肯定か。
何も知らないことを知って悦に入るのか。
何も考えていないくせに。
そんなことを言ってまた知ったつもりになって嘘ばかりついて、しかしそれも自分を肯定しているだけだな。
救いの無い無限のサイクルの中でそれを知っている振りをして救いを得ようとしている。
小賢しすぎる。
どれぐらい寝てしまったのか、Cubensisが切れてたらこの後かなり暇だ。
時間を見ると一時間ぐらい寝ていたようだ。
身体の様子を探る。
身体は相変わらず温度を感じるのが上手くいっていない。
立つと下半身に力が入らない。
雑音はいつもより静かになっていて去っているようだ。
音楽は良く聞こえるが、それほどでもない。
部屋はオレンジ色に染まっている。
電灯の光はいつもとあまり代り映えはしない。
まあまあ効いているということだろう。
頭の位置をずらしてみる。
ほんの僅かしか快楽は手に入らなかったが、とても楽だった。
楽だ。
未来に見えてたものが、今と同じになる。
時間と思考にやっと自分が追いついてきたようだった。
思考はクリアで一本のシングルタスクの中に収まっている。
安楽椅子をめいいっぱい倒すとゆっくりと力を抜いた。
時間が止まって、光が軽い水のようだ。
平坦な世界が見える。
やっと空間と一体になって、静かになれる。
楽だ。
何が楽かって、生きているのが楽だ。
声に出してみた。
「楽だ」
「何が楽かって、生きているのが楽だ」
自分が馬鹿みたいだった。
可笑しかった。
一寸笑った。
やっと時間の先に戻れた感じがした。
停止した時間の今の中でものを見て感じれる。
眩しいほどの光は今は見えないが、静かな秋の林にいるようだった。
緩やかに目を閉じてもう一度声に出した。
「まるで映画みたいだな」
本当に映画みたいだった。
部屋の空間がまるで切り取れたかのようだった。
安定した世界。
俺とこの部屋を温かいゼラチンで埋めたような見え方だ。
全てが琥珀色の中に閉じ込められたようだった。

3.コビト

森が見える。
決定的な荒野の中に小さな黒い森が見える。
俺はその丘でねっ転がって、空を見上げている。
オレンジ色の光が俺の体を暖かく包んで、空が青い。
薄い水色の希薄な冷たい大気を吸い込んで、目を瞑る。
何処か遠くでで大きな鳥の鳴き声がして、目を開けると空いっぱいに広がった黒い鳥のシルエットを見る。
鳥はこの荒野の向こうの次の新しい森へ、飛んでいく。
最初の荒野から、最初の森へ。
果てしない歌が歌われている。
何処かわからない遠くの故郷へ。
聞こえてくる歌のままだ。
誰にも気づかれないように、小さな天使はやってきて、窓を叩く。
銀色の羽は傷ついて、悲しい夢を見ないように、笑って語ってくれる。
誰にも話さないでいいと、何処か細い秘密の道を通って帰ろうと。
聞こえてくる歌のままだ。
女の子の黒い前髪が細い銀色になって、輝いて見える。
冷たい指に水滴の螺旋が巻き付いて、空に吸い込まれていく。
濡れた翼がゆっくりと落ちてきて、電灯の光の輪の光臨となって、平坦な世界に吸い込まれて消える。
聞こえてくる歌のままだ。
小さい頃、子猫を見つけた。
友達の家の庭にあった壊れた冷蔵庫の奥に隠れていた。
目脂が酷く目を開けられないようだった。
僕らは黒い子猫を育てようと思った。
壊れた冷蔵庫の中に猫を閉じ込めて、牛乳をやったりした。
もう思い出せないが、子猫は死んだ。
ほんの二、三日ぐらいだと思う。
僕らはその死体を見なかった。
その猫は友達の親が処分したらしいと聞いた。
今は猫は花弁の螺旋の中に包まれている。
猫の色は何だったのだろう。
詩のままだったのだろうか。
全ての色を覚えっているか?
青い空の色のほかに、暗闇の色も覚えている。
テレビの灰色のなかに完全な球体の粒が渦を巻いている。
何を残せばいい。
何を残せばいい?
わからない。
何もない。
笑った。
何処か遠い国で、女の子が言う、地雷の上にも咲くアザミのように、いつか強くなれるかしら。
なりたいが、そうはいかない。
見えるもの聞こえるものそれは全て俺の妄想であり願望だからだ。
この世界では断片しか見えないし、手に入ることはない。
細い茎の赤い鬼薊なら見える。
灰色の球体がくるくると回りながら空ではじけて、白くなった。
独りぼっちか?
そうだ。
蜂を捕まえたこと。
三鷹台の今はなくなってしまった古い家。
赤道と呼んでいた煉瓦の道。
琵琶の実を盗んだ隣の家、見つかったがそんなに怒られなかった。
100mぐらいの範囲の世界をつぶさに思いだした。
吉祥寺に続く井の頭線の電車。
古い電車は確か緑色をしていたと思う。
時間が先行していったのはいつだったのだろう。
殻を幾重にも纏う前はどこにあったのだろう。
いつからどこまでが世界の切れ目になったのだろう。
俺がこんなになる前はいつのことだったのだろう。
何も考えないで、自分を別けて行動する前はいったい何時のことだったのだろう。
深く、止まったような時間の中で考えた。
どこだろう。
小さなコビトは窓の外にいて俺を見ている。
カーテンをじっと見ていると、カーテンが水平に動いて見える。
そうだ、昔はよくこういうふうにものを見ることが出来た。
布団の足下にいた黒いじわじわ。
白い壁につり下げられたネクタイが蛇のように持ち上がる。
視界の隅に見えていた白い生き物達。
全てが錯覚だったが、また俺のすぐそばに来ていた。
どこへ行ったのでもない、いつもいたのだ。
二十数年たってまた気がついた。
コビトが庭の木の頭から目をのぞかせて笑う。
俺の首筋のすぐ後ろにいるような気がした。
ブルーベリーの花輪をかけてくれたのは誰だ。
妄想だ。
お前のくれようとしている苦いハシバミの実は、聞こえてくる音楽だ。
二十数年前に凍結されたお前と、今のお前は変わってしまっただろう。
永遠のものがどこにあるかって、ここにある。
二度と帰れない。
たまにお前が来てくれるのを待つだけだ。
俺の妄想の腹中の左側で暮らしていてくれ。
三,四歳の頃だろうか、どれくらい昔のことかわからないが、俺は小さなコビトがいたことを思いだした。
コビトとよく遊んだ。
妄想だ。
恐らく、子供の作った妄想だ。
電車の中、道の途中、いつも何処かに一緒に行った。
コビトと約束したことがあった。
今足りなくなったいくつかの感情を代価に約束した。
どこで間違ったが、どこで死ぬべきだったのか、やっとわかった。
何で誰も好きにならないのか。
何故、欠如しているものがあるのか。
ああなるほど。
映画を見ているようだった。
二十年前に伏線が張られて、今そのオチがわかった。
ああなるほど、コビトか。
俺はコビトしか愛せないのだろうな。
俺は鼻で笑った。
コビト、コビトだってよ。
幾らキノコ食ってるからって、コビトか。
二十三にもなって、まるでキチガイだ。
俺はげらげら笑い続けて、振り返ったときにそれにぶつかった。
俺の恋人の不意打ちだ。

4.銀色のラインと縁

思考と人格の渦と雑音。
それを抜けると何かわからないところに抜けた。
僅か一,二秒のことだったのだろう。
正気に戻って気がついた。
笑い続けたあとに、空白の時間があった。
連続する思考か映像の間に瞬間の混乱。
ああ、今自分は一瞬気が狂ったのだろう、と思った。
はっきりとはわからなかったが、その時考えていることは全く未知の世界の中のことだった。
妙に落ち着いた。
さっき笑っていたのが嘘のようだ。
呼吸、問題無し。
体温、問題無し。
指を眺めて不思議な形をしているなと思った。
音楽が一寸大きすぎるような気がしたが、動く気力もないのでそのままほおっておくことにした。
煙草を取り出すと口にくわえた。
唇が乾ききって少し切れた。
火を付けるためにライターを探したがなかなか見つからなかった。
こんな状態になるとすぐものを忘れてしまう。
すぐ左わきの棚においたライターを見つけると、やっぱりなと変に納得しながら火を付けた。
胸一杯に吸い込んだ煙草は灰に突き刺さるように感じられたが、心地よかった。
喉の奥も痛い。
吸いすぎてしまうが、現実世界のどこで吸うよりも煙草は美味かった。
身体を伸ばして、今起きたことと身体の中、俺の精神世界を思い返してみた。
俺の体の下の方にはどろどろとした黒い獣達が蠢いている。
左の遠くの方に現実的な俺が米粒みたく見える。
左上に細い細い銀色の線が俺の頭の後ろから世界の果ての方へまっすぐ伸びている。
これに頭をぶつけたらしい、たぶんこれは俺の狂気の扉だ。
右の方には小人がいる。
何も言わず黒くなって凍結されている。
よくわからない。
右の方はまだ黒い霧のようなもやがかかっている。
身体の中心線に伸びるなにかもわからない。
俺は考えるのをやめて、吸えるだけ煙草を吸い込んだ。
変に波のように聞こえるエフェクトの奇麗なピアノの音を聞いていると、何処か古いところにつれていかれそうになる。
寒けと、震えが快楽になってくる。
音は快楽だ。
肺いっぱいに広がった毒を吐き出すと、俺は灰をペットボトルの中に捨てた。
そしてまた白熱球の白い光を眺めていた。
手に入れたいものは絶対に手に入らない。
俺にあるのはコビトの妄想だ。
どこで死ぬんだったかがわかった。
契約を結んで時間を凍結させた後は、ただでかくなった身体の器の中に糞を突っ込んでいただけだ。
ロクなものは入っていない。
ただ、コビトを思いだしたのは良かった。
どこか救いになった。
俺というゴミの山の中からいいものを見つけた。
死ぬにも遅い。
生きるにもあまりにも失敗している。
快楽を追い続けけるには、脆すぎる。
その後、俺は少女の歌う賛美歌のようなものを永遠と聞いていた。
どれぐらいそうしてただろう。
俺は暫くして、幻覚が切れてくるとオーディオを消して隣に住んでいる彼のところに行って、延々と一緒にテレビを見て寝た。
翌日は頭も何も痛くなかったが、ぽっかりとした落ち着きがあった。
何かの宗教団体か、ポジティブ系の洗脳講座でも受けた後のような気がした。
上を向くしかないような気がした。
それから欲しいものが無くなった。
物欲みたいのが消えてしまった。
他の欲はまだ沢山あるが、また決定的に何かすっぽり無くなった。
でもまたその代価に自分が今どこに立っているかがわかった。
ささやかな代価で、俺の体は蝕まれているが、全てを摘み取っているのは自分だし、一体どこで間違っているかなんていつもわからなかった。
誰の言うことも聞かない。
自分の言うことも聞かない。
快楽に身を任せて、坂道を楽な方楽な方に歩いていた。
道路のドブの脇で、何かいいものはないかと覗きながら歩いている駄目人間が俺だ。
いつかきっと道の角から車が出てきて跳ねられるんだろう。
でも気がつかない。
死ぬ瞬間は空を見上げて、自分の馬鹿さ加減に笑って死ぬんだろう。
何もないことに気がついた。
どうしようもないことに気がついた。
それほど不幸でなく、きっと誰かに比べたら幸福な方なのだろう。
でもどこか底についた気はした。
下はまだまだ深いところまで続いている。
上もまだ高くそびえている。
自分のいる場所の底についたのだ。
どこでもない。
自分の中だ。
今は霧深い黒い森の奥にいる。


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